2010年6月22日火曜日

今週の立花先生⑨(2010.6.15)

久しぶりの立花ゼミです。
いつの間にか、内容が進んでいます 汗

今回は皆さんの「私の戦争体験」の回でした。
それぞれの立場、世代からの戦争観をご披露いただきました。

他にも、ゼミ生が先生の母上にインタビューされたようです。

無教会の信徒でいらした先生のお父上、橘経雄さんは、
昭和16年まで長崎のミッションスクール、活水女学校で教員をされ、
日見峠から市内よりの鳴滝に住まれていたそうです。
そんな折、長崎大学病院で橘隆志(立花隆)氏が誕生します。

戦時下における国家のキリスト教への弾圧により、
学校は教員への給与を削減せざるをえなくなり、
そのこともあり、意を決して中国に渡り、
昭和16年から20年まで、
北京師範学校の教員を務められたそうです。

この決断がなかったら、おそらく被爆していたでしょう。
これも、「歴史にifはない」のひとつ。

このエピソードには、大変関心があります。

今日の立花先生の一言。
「戦争は見る角度によって景色が違う」

「当時(戦時中)の日本人は、今何が起こっているか、
 全く分かっていなかった」
「〈戦争の記憶〉はまもなく消える」

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